日本人の美意識について
2019.12.29
美意識とは
人が美しいと感じる心のはたらき。
美しいと感じる対象は個体差が大きく、時代、地域、社会、集団、環境などによっても大きく異なります。
例えば、整然と並ぶモノに美を感じる人もいれば、ランダムに並ぶさまに美を感じる人もいます。
左右対称を美しいと感じる人もいれば非対称に美を見出す人もいます。
無調を心地よいと感じるか否か等も美意識に関連している場合があります。
日本人の美意識
西欧では華美な装飾や対称の美しさを核とした人工の美をその美意識の中心においていますが、日本人の美意識はむしろ自然と対立せず、寺社、庭園に見るように、自然に溶け込むこと、朽ちては再生するプロセスそのものへの馴染み、絶命を対立するものとは捉えず、侘(わび)、寂(さび)に見るように朽ち果てゆくモノへの素朴な同調などが基調になっています。
建築において、コンクリート打ち放しを美しいと感じるか否か等は諸外国と日本人との美意識の違いであり、本来の日本人的な美意識ではないですが、時代や環境と共に変わっていくモノでもあります。
日本人には全体的調和を重んじ、自己主張を抑制することによって受け手の想像力を刺激し、日本人特有の奥深い表現を成しえるといった側面があるように、その国特有の文化、生活、歴史観等に大きく左右される部分が多いです。
あるいは、住んでいる環境・自然から受ける影響も大きいと考えられます。
日本人の美意識種別 ~余白の美~(不足の美・未完成の美)
読んで字のごとく、びっしり埋まったものより、不完全な余白のあるものに次の想像力を膨らませることのできる「余白」の空間に、日本人は「美」を感じてきたようです。
足りないことを不十分と考えず、そこに想像力豊かなイメージを膨らますことで、何かしら新しいものが見えてくるモノがあり、それが「不足の美」となります。
茶室の床の間に飾られる、趣のある水墨画や和歌の書いてある掛物の多くが「余白」をうまく活かした構図であったり、紙のほんのごく一部に和歌が書いてあったりと、茶人たちはこうした余白の構図に心惹かれていました。
言われてみれば、現代に生きる私たちにも、シンプルなモノをおしゃれと感じたり、うまく余白を使った構図に心惹かれたり、趣を感じるという感覚が根付いているように感じます。
紙のごく一部に和歌が書いてある掛物がなぜそのようになっているかというと、掛物を見た人が余白の部分に、その和歌に合った景色などを想像することが出来る、いわば「遊び」の部分を残す意味合いがあります。
昔の掛物の中には、実際に絵の余白に、見た人が和歌や絵を描きこんだ、というものもあります。
また、それは「庭」にも言え、枯山水の庭園には、余白ともいうべき白砂が広がっており、この空間を見る人は各々にあそこにこういう岩を置いてみたらどのよう見えるだろか、ここにこの木を植えてみたらどのように見えるだろうかといった想像力を膨らませます。
このように、不完全なものに次の想像力を膨らませることができることを日本人は好みます。
インテリア用語にするとホワイトスペースという言葉が「余白の美」に多少連動する側面もあります。
また、インテリアにおいてホワイトスペースは「生活のゆとり」を意味します。
例えば、一流のホテルやスイートルームになるほど、広さによって値段も上がり、その空間にお金を投資します。
空間の中に余白が贅沢に使われていると、優雅で上質な気持ちにもなります。
それは、お住まいにも言えることで、家具やモノが詰め込まれた空間よりも部屋が狭くてもモノや家具がすっきりしていれば心地良い空間になります。
日本人の美意識種別~偶然の美~
自然の構造は不規則な構造の連続であり、そこには「非対称アシンメトリー原理」が働いています。
茶の湯文化の茶室の曲がった柱、形がいびつ、ひび割れた釉(うわぐすり)が均一でない陶芸作品等は、全て非対称アシンメトリーであり、フラクタル構造(※)で表現出来ます。
(※フラクタル構造:複雑な形であり、いくら細部を拡大しても複雑さを保つ図形)
そこには真似が出来ないから価値があります。
偶然が生み出す美を、人は作り出せません。
それを美と感じるか、醜いと感じるかは感性によるところであり、それが成功作であるか、失敗作であるかも同様です。規則的なモノは機械的に感じるに留まりますが、偶然によって出来上がったモノには、その背景を想像させる「何度見ても、飽きない」という気持ちが働きます。
自然を愛してきた日本人にとって、偶然に感動を覚えるのは、必然的なことです。
無駄と思えるようなモノにも美は隠されており、醜いモノの中にさえも美は潜んでいます。
そんな深い美を先人たちは愛でてきました。
そして現代に生きる我々にもまた、その感性の一端は受け継がれています。
自然のものが感じさせる美意識とは、あるがままの姿、けがれ無き姿が最も美しいとする感性。
簡素で自然な姿に日本人は美を見出してきました。
家具蔵の無垢材テーブルは、自然界の様々な偶然によって生み出された木目・形状で、人が意図的に作り出すことが出来ないもので出来ています。
本能的に人が生み出せないモノに美を感じる日本人にはピッタリなテーブルではないでしょうか
また、そのようなものには、何度見ても飽きさせない力があります。
美意識に適うということは居心地や存在を好ましいと思えるということです。
そのようなものを上手に取り入れた空間を作ってみてはいかがでしょうか。
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