家具蔵の提案する無垢材キッチン ~木のキッチンと暮らす その3~
2023.4.29
住まいの新築やリフォームを計画する際に、「リビング」や「ダイニング」といった、最も人が多く集まり、長い時間を過ごす事が想定される場所についてどのような空間にしたいかをイメージする事は、最初に直面する大きな課題となります。
それに併せて、最近ではキッチンをどのような空間にしたいか、キッチンでどのように過ごしたいか、までを含めて家づくり全体を考える事も多くなりました。
それは、キッチンが単なる機能ばかりが優先される「調理の場」ではなく、リビングやダイニングと同じように、そこで人が心地よく過ごせる空間であることが求められるようになったからに他なりません。
リビングやダイニングの家具たちと同様に、キッチンにも時間とともに深みを増す本物の素材を使い、 腕の良い家具職人が丁寧に作る木のキッチン・無垢材のキッチンは、しっくりと手に馴染み、空間に美しく溶け込むインテリアにもなります。
これから続くシリーズでは、そのような上質な木のキッチンとの暮らしを実現した4軒の住まいをご紹介します。
今回はその3回目です。
S邸 東京都
思わず見上げてしまうような大木が茂る、ゆったりとした敷地。
そこに控え目な外観ながら細部まで気持ちのよいデザインが行き届いた美しい一戸建てが建っています。
若いご夫婦と二人のお子様が住むこぢんまりとした一戸建ての住宅です。
同じ敷地にはご両親の住まいがあり、二つの家族が安心しながら、程よい距離感を保って暮らしていることが分かります。
立派な木々の生い茂る庭に囲まれたお住まいは、外からはどこまでも控えめな表情を見せていて、その内部の空間に立ち現れる細やかなデザインのディテールが醸し出す密度の濃い心地よさは窺い知ることはできません。
室内は、白いファブリックブラインドから自然光があふれ、北海道産ミズナラ材の無垢材のキッチンや同じくオーク無垢の床をやさしく照らしています。
これ以上ないという練られた塩梅で配置され、細かいプロポーション、カタチを吟味した「本物の素材」が、自然の光によってその表情を引き立たせているような印象です。
「懐かしさと新しさ」が同居する住まい
この住まいの大きな魅力のひとつは「庭」。
キッチンや食卓からはそれぞれ趣の異なる庭が、さまざまな距離感で楽しめるようになっています。
設計者の本間至さんは
「時間をかけて熟成され、風格を増した豊かな自然である庭に囲まれた敷地で営まれる毎日の暮らしの中で、どのような時にどのような庭の景色が目に飛び込んでくるか、その位置づけが、設計を進める核になりました」
と語ります。
S様の住まいはどこか懐かしい雰囲気をまとい、そこに暮らす家族だけでなく、訪れた人誰もが自然体で過ごせる設計です。
そんな暮らしのメンバーとして選ばれたのが、家具蔵の無垢材キッチンでした。
風景に相応しい自然体のキッチン
そんな緑の風景にふさわしいのが、ミズナラの無垢材をふんだんに使用した木のキッチンです。
設計の本間さんは、普段の設計でもキッチンはいわゆるシステムキッチンではない「造作キッチン」を設計する事が多いそうです。
しかし通常は「シナ合板」などを使い、シンプルにつくってしまうということが多いとのこと。
今回はS様ご夫婦たっての希望で木のキッチンを採用しました。
華美な装飾や恣意的なデザインが一切ない、どこまでも落ち着いた無垢材の表情は、本間さんのつくる、洗練された無駄のない空間にしっくりとなじんでいます。
キッチン背面の収納の扉は框組(かまちぐみ)の意匠、カウンター手前、食堂側の収納の扉は細かく割った羽目板(はめいた)の意匠、というように細かいデザインの選択がされています。
そのようなデザインディテールの集積が、白い漆喰の壁に組み合わせられると、モダンでありながらどこか「昭和の時代に設計された由緒正しき住まい」のような風格と懐かしさが漂います。
設計上の細かい工夫として、キッチンとダイニングの間、つまり料理の受け渡しができるカウンターの高さとその奥行の関係については奥行を広くとる場合は高さを低く、逆に奥行を浅くする場合はカウンター高さを高く、といった設計上の細やかなメソッド、配慮が見られます。
この住まいではカウンターの収納量を確保するために奥行を広くしているので、高さは通常の1050ミリよりも低い930ミリにとどめています。
このカウンターは、キッチンとダイニングを程よく連続させながら、家具的な表情をダイ二ング空間に与えています。一方でキッチンの中は 機能的な空間になるように、一直線に伸びた動線を確保して、余計に動くことなく調理を進めることができる平面計画になっています。
そしてキッチン部分の天井は、敢えて低めに設定されていて、扉収納のデッドスペース(手が届かない場所)を無くしつつ機器のおさまりも良く、作業空間としてちょうど良いボリュームになっています。
一方で隣りの食堂については、天井を高く設定し、伸びやかな空間を意識するなど、そこで過ごす人間の心地よさにどこまでも寄り添った設計になっていることは驚かずにはいられません。
長さ2.5mのキッチンを内部から。
左側 にシンクとコンロという実用的なゾーンをまとめ、右側は大容量の収納と主に奥様用の小さな家事用デスクを設けています。
背面カウンターは高さを敢えて700mmと低めにしたことで、食堂側からキッチン家電などが丸見えになるのを避け、先述の家事用デスクに合わせた椅子に座っても丁度いい高さとなっています。
キッチン奥の小さな窓がピクチャーウインドウとなって、庭の緑も綺麗に見ることができます。
このように「小窓」で「抜け」を散りばめるのも、 本間さんの熟練の設計手法といえます。
背面カウンター下に仕込んだ分別ゴミBOXが3つ並ぶ引出し。ゴミBOXを入れなくても、大きな瓶や普段使用しないキッチン家電を収納しておくような多目的のスペースでもあります。
キッチンと食堂のダイニングテーブルは、会話が心地よい距離感になるように設計されています。カウンター下は全ての扉が食堂側から使う収納になっていて、距離感が絶妙なので、椅子に座ったまま筆記用具、薬などを取り出すこともできるそうです。
背面カウンター上の収納は、内部まで美しい仕上がりです。毎日の使用の中では、扉を開けたときの印象も大切な部分かも知れません。収納する食器によって細かく棚の高さが調整できるようになっています。
玄関から廊下的スペースを経た食堂と居間方向を見ると、一番奥に仕切りのできる書斎スペースがあり、造り付けの机の前に配された窓から東庭の美しい緑の風景が伺えます。
左の階段には、踊り場の途中に設けられた高窓から自然光が落ちていて、その明りに導かれるように、特に用事がなくても思わず階段を上ってみたくなるような気持ちにさせてくれます。
「実力のある建築家は例外なく階段の設計が上手である」
という昔からよく言われる定説がありますが、正にそのような印象を受ける、気持ちのよい空間でした。
毎日の暮らしの基本となる家での時間を、自然体で過ごせる場所に。
そんな本間さんの思いを実現するのに、家具蔵の無垢材キッチンが一役かっている様子が目の当たりにされた、幸せな取材となりました。庭の木々たちと同様に、木のキッチンもこれから長い年月をかけて使い込まれて、ご家族とともに「育っていく」のがとても楽しみです。
設計者紹介:ブライシュティフト 本間 至氏
「がんばりすぎない空間」 が出来上がることが多いという本間さんが設計する家。
建築だけで完成させるのではなく、住む人のための「余白」を残した設計を心がけているそうです。
「天井も階段の手すりも窓の位置や形も、あくまでもベーシックなものなのですが、そのサイズや位置など、ディテールに一工夫すると、目に見えない空気感・・・佇まいのようなものが生まれてきます。 生活動線を役割だけで区分けするのではなく、身体の所作や視線の動きが自然に流れて、とくに考えなくても気持ち良く空間を使える、そんな家を目指して設計しています」
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