木の文化と使用方法(古代~現代)
2020.1.21
現代の私たちの生活には、木で作られたありとあらゆるものがあります。
森林大国と言われる日本で、日本人は木とどのように関わり、生きてきたのでしょうか?
今回は、私たちの祖先が木とどのような関わりを持っていたかについて触れたいと思います。
古事記・日本書紀を紐解く・ヒノキ
『古事記』および『日本書紀』をみると、その中に書かれている樹種は53種もあって、27科40属にも及んでいるといいます。
今日、いわゆる有用樹種といわれているヒノキ、マツ、スギ、クスなどを始めとして、十数種類がそのなかに含まれています。
なかでも特に興味が深いのは『日本書紀』神代の巻の、スサノオノミコトの説話です。
それには、
「日本は島国だから、舟がなくては困るだろう。
そこでスギとヒノキとマキとクスを生んで、ヒノキは宮殿に、スギとクスは舟に、マキは棺に使えと、それぞれの用途を教えたという記述があります。
この説話からみると、日本にはじめてそうした樹種が生えてきたようにも考えられますが、『古事記』の中ではすでに八岐大蛇の背中にマツと柏が生えており、また『日本書紀』では大蛇の体にヒノキとスギが生えていた、と書いてあるので、これは植林したことを意味するのだろうという見解がとられています。
ここで興味深いのは、上記の記録が考古学的な立場からの調査と一致していることです。
まずヒノキですが、この木が建築用材として、太古以来もっとも多く使われてきていることは、伊勢神宮の例をとるまでもなく容易にうなずけることです。
古事記・日本書紀を紐解く・クス
次はクスですが、『日本書紀』にはクスの舟に蛭児をのせて順風に放ったと書いてあり、『古事記』にも同じ意味の記録があります。
当時はクスの舟が水上の交通に重要な役割を果たしたであろうと想像されますが、そのことはこれまでに大阪を中心とする地域から発掘された古墳時代の舟が、ほとんどクスノキであることと一致しています。
古事記・日本書紀を紐解く・スギ及びマキ
次にスギですが、垂仁天皇の御代にスギの舟が作られたという記録があります。
また近畿地方と離れていますが、同時代の登呂の遺跡から発掘された田舟、田下駄も同じスギ材です。
縄文時代前期の福井県三方町の鳥浜貝塚から出土した丸木舟は全長約六メートル、幅八十センチメートルという大きなものです。
加工のしやすさから考えてもスギの使われていた可能性は高いとみられます。
最後のマキですが、近畿地方の前方後円墳から出土する木棺は、ほとんど例外なくコウヤマキで作られていることが明らかにされています。
以上のように、『古事記』『日本書紀』の記録は、考古学的な調査によって裏付けされています。
そのほかにも、これまでに古墳から発掘された各種の埋葬品や、遺跡からの出土品を調べてみると、それぞれの道具類は、ほぼ一定の樹種によって作られていることが分かってきています。
例えば、有名な近畿地方の唐古の遺跡をみると、弓はイチイガシ、農具はアカガシ、櫛はツゲで作られています。
そのほかの遺跡の出土品をまとめると、弓にはカシ、トネリコ、ヤチダモ、サカキ、クワなどが使われており、また石斧の柄はほとんどがユズリハで、サカキ、ツバキ、シイノキ、ヤチダモ、トネリコなども使われています。
食事用の椀類の用材はトチノキとケヤキで現在の我々の使い方と同じです。
住居の土台にクリが使われていた例としては、千葉県加曾利塚や金沢市ちかもり遺跡をあげることができます。
「コウヤマキ」について
昭和57年の暮れに奈良県明日香村の水落遺跡から、飛鳥時代の水時計の遺構が発掘されて話題になりましたが、これに使われていた水樋はコウヤマキであったと報告されています。
これらの事実は当時の人たちが木に関して、かなり深い知識をもっていたことを物語るものです。
コウヤマキというのは、ちょっと見たところでは、なんの変哲もないごく普通の木です。
美しい木目も無いし、芳香も無い。
ですが水に強く、腐りにくいという特質をもっています。
江戸時代の『和漢三才図会』にも水湿に強いことは書いてありますが、それを太古の時代の人たちがすでに知っていたという事実に、強い興味を覚えます。
戦前の風呂桶はほとんど木で作られていました。
その用材は関東では高級品はヒノキ、普及品はサワラでした。
ところが関西ではコウヤマキをもって最高の風呂桶材としていました。
さすが実用本位の関西らしい選択です。
ところでコウヤマキという木は世界で一属一種の、日本にのみ産する樹種です。
その分布は九州から紀州までの西日本および中部の木曾地方のみに限られており、現在は蓄積量も少なくなっています。
しかし、当時はこの木はもっと量も多く、日本民族が南日本で最初に発見した有用樹種の一つではなかったか、という考えもあります。
その理由は、韓国扶余の陵山里にある歴代の百済王の古墳の棺材を調べて、それらはいずれもコウヤマキで作られていることが明らかになりました。
コウヤマキが朝鮮半島に産しないことは前述したとおりですので、当然日本から運ばれたもの、と考えなければなりません。
従って当時日本ではコウヤマキが棺材として尊ばれていたので、その風習が遠く海を越えて朝鮮にまで影響した、という推論が成り立つのです。
韓国公州の博物館にある実物の棺は、長さは2メートルあまり、幅と深さは80センチ、板の厚さは10センチ余りもありました。
原木の大きさは相当なものであったと考えられます。
このような立派なコウヤマキの大材は、いまは日本で捜しても見つからないですが、太古の昔にあのような大材を、海を越えて運んだ、という事実に驚くとともに、コウヤマキという木が棺に適していることを捜し出した我々の祖先に、一層深い興味をそそられます。
このように私たちの祖先は、木の特性を熟知し、暮らしのありとあらゆる場面で木を活かしながら、日本独自の木の文化を築き上げてきました。
現代に生きる私たちもまた、木の文化を拠り所とし、木への愛着や信頼感を消し去ることはできません。
家具蔵は、木の家具を作り続ける立場として、大自然からの贈り物である貴重な木に敬意を示し、世代を超えて使い継がれる美しく質の高い家具を作り続けていきたい、そう考えています。
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