日本人の美意識について
2018.1.14
いわゆる「きれいなもの」を表現する際に、皆さんはどんな表現を使いますか?
よく使われる言葉としては「美しいですね」「綺麗ですね」「素敵ですね」「魅力的ですね」といったところでしょうか。
最近は若い世代を中心に「かわいい」がこうした表現となっていることもあり、海外でも有名な日本語のひとつとなってきています。
ではなぜそう感じるのか、またはそう感じさせるのか。
そこは個人の感覚もあり、ある意味で曖昧ですが、ここ日本には特有の「美意識」があり、その根幹に根付いたものがインテリアコーディネートの肝となることもままあります。
今回はそんな「日本人の美意識」についてお話しましょう。
美意識とは
美意識とはつまり「人が美しいと感じる心のはたらき」です。
美しいと感じる対象は個体差が大きく、時代・地域・社会・集団・環境などによっても大きく異なります。
例えば、整然と並ぶものに美を感じる人もいれば、ランダムに並ぶ様子に美を感じる方も少なくありません。
左右対称を美しいと感じる方もいれば非対称に美を見出す人も。
一説には有名なラグジュアリーブランドのロゴマークでも左右対称と非対称のもので男性・女性の好みが分かれる、ともいわれます。
日本人の美意識
ヨーロッパではその昔より華美な装飾や対称の美しさを核とした「人工の美」をその美意識の中心においていますが、日本人の美意識はむしろ自然と対立せず、寺社や庭園に見るように、自然に溶け込むこと・朽ちては再生するプロセスそのものへの馴染み、侘(わび)、寂(さび)に見るように朽ち果てゆくものへの素朴な同調などが基調になっています。
建築においては、コンクリート打ち放しの外装や内装を美しいと感じるか否かなどは諸外国と日本人との美意識の違いであり、本来の日本人的な美意識ではないのかもしれませんが、時代や環境と共に変わっていくものでもあります。
美意識については、日本人は全体的な調和を重んじて自己主張を抑制することによって受け手の想像力を刺激し、日本人特有の「奥深い表現」を成しえるといった側面があるように、その国特有の文化、生活、歴史観などに大きく左右される部分も事実、多くあります。
あるいは、住んでいる環境・自然から受ける影響も大きいと考えられます。
日本人の美意識種別 -余白の美- (不足の美・未完成の美)
読んで字のごとく、びっしり埋まったものより、不完全な余白のあるものに次の想像力を膨らませることのできる「余白」の空間に、日本人は「美」を感じてきました。
足りないことを不十分と考えずそこに想像力豊かなイメージをふくらますことで何かしら新しいものが見えてくるものがあり、それが「不足の美」となります。
茶室の床の間に飾られる趣のある水墨画や、和歌の書いてある掛物の多くが「余白」をうまく活かした構図であったり、紙のほんのごく一部に和歌が書いてあったりと、茶人たちはこうした余白の構図に心惹かれていていました。
言われてみれば、現代に生きる私たちにも、シンプルなものをおしゃれと感じたり、うまく余白を使った構図に心惹かれたり、趣を感じるという感覚が根付いているように感じます。
紙のごく一部に和歌が書いてある掛物がなぜそのようになっているかといいますと、掛物を見た人が余白の部分に、その和歌に合った景色などを想像することができる、いわば「遊び」の部分を残す意味合いがあります。
昔の掛物の中には、それを見た人が後から絵の余白に和歌や絵を描きこんだ、というものもあります。
またそれは「庭」にも言えることであり、枯山水の庭園には、余白ともいうべき白砂が広がっています。
この空間を見る人は各々にあそこにこういう岩を置いてみたらどのよう見えるだろうか、ここにこの木を植えてみたらどのよう見えるだろうかといった想像力を膨らませます。
このように、不完全なものは次の想像力を膨らませることができるのです。
インテリア用語にすると「ホワイトスペース」。
これが「余白の美」と共通するものとなるのです。
日本人の美意識種別 -偶然の美-
自然の構造は不規則な構造の連続であり、そこには「非対称アシンメトリー原理」が働いています。
茶の湯文化の茶室の曲がった柱や、形がいびつでひび割れた、うわぐすりが均一でない陶芸作品などは、すべて、非対称アシンメトリーであり、フラクタル構造で表現できます。
「フラクタル構造」とは複雑な形であり、いくら細部を拡大しても複雑さを保つ図形のことを指します。
そこには真似ができないからこその価値があります。
偶然が生み出す美を、人は意図してはつくり出せません。
それを美と感じるか、醜いと感じるかは感性によるところであり、それが成功作であるか、失敗作であるかも同様です。
規則的なものはともすれば機械的に感じるに留まりますが、偶然によってできあがったものには、その背景を想像させる「何度見ても、飽きない」という気持ちがはたらきます。
自然を愛してきた日本人にとって、偶然に感動を覚えるのは、必然的なことです。
無駄と思えるようなものにも美は隠されており、醜いものの中にさえも美は潜んでいます。
そんな深い美を先人たちは愛でてきました。
そして現代に生きる我々にもまた、その感性の一端は受け継がれています。
自然のものが感じさせる美意識とは、あるがままの姿、けがれの無い姿がもっとも美しいとする感性です。
簡素で自然な姿に日本人は美を見出したということです。
日本人の美意識について調べていくときりがないぐらい深くなっていきます。
この特有の感性や感覚は、「感じる」ことなのでそもそも全てを言葉として説明することが難しい部分があります。
説明がしづらいからこそ、肯定も否定もまたしづらい。
そこが魅惑的に感じる部分でもあります。
参考文献
中公文庫 ドナルド・キーン著 「日本人の美意識」
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